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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)11126号 判決 1987年1月13日

原告 松下保久

被告 株式会社 日立製作所

右代表者代表取締役 三田勝茂

右訴訟代理人弁護士 伊達利知

同 溝呂木商太郎

同 伊達昭

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告の昭和六一年六月二六日開催の第一一七回定時株主総会(以下「本件総会」という。)における第一一七回営業年度に関する利益処分案の承認及び故取締役熊谷善二氏に対する慰労金及び弔意金の贈呈を取締役会に一任する旨の決議(以下「本件決議」という。)を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  (原告適格)

原告は、被告の株主である。

2  (本件決議の存在)

(一) 被告は、昭和六一年六月二六日、東京都千代田区大手町一丁目九番四号の経団連会館において、第一一七回定時株主総会を開催し、本件決議を行った。

(二) その際の原告の発言内容とこれに対する被告取締役の応答内容は、次のとおりである。

○議長(三田勝茂君)

それでは、これよりご質問等をお受けいたしますが、ご質問またはご発言の際には、必ずお手元の出席票に記載してございます出席番号とお名前をおっしゃって下さい。(「ありません」「議事進行」と呼ぶ者あり)

○株主(松下保久君)

三二八、三二八、松下です。(「聞こえないぞ」と呼ぶ者あり)

○議長(三田勝茂君)

はい、どうぞ。

○株主(松下保久君)

株主総会のあり方についてお伺いします。

会社に関係する質問には、すべて説明をするようにしてもらいたい。なぜならば、言うまでもなく会社の所有者は株主であり、その株主があなた方取締役に経営を委任しているからである。(「そんなことわかっている。わかってんだよもう」「同じこと言うなよ毎年」「沖田さんから説明があっただろう」「何言っとんだ」と呼ぶ者あり)

また、法的に見ても、ご承知のごとく商法で、総会において取締役などは株主の質問に説明をしなければならないとなっており、(「そのとおり」と呼ぶ者あり)これが本分である。その次にただし書きで、会議の目的事項に関しないものなどは説明しなくてもよいといっている。

ここで大切なことは、説明をしてはいけないとはいっていない。(「簡単にいってなぁ、あの、答えろよ」と呼ぶ者あり)仮に、会議の目的事項に関しない質問であったとしても、説明をすることは法的に見ても一向に差し支えないのである。真に株主のための総会にしようとするのであれば、質問がこと会社に関するものである限り、(「ないものはしょうがないじゃないか」と呼ぶ者あり)原則としてすべてに誠意を持って説明をするのが取締役の務めではないかと思うがどうか。

○議長(三田勝茂君)

簡潔にお願いいたします。(「嫌なら株売ればいいじゃないか株を」「四年だから……株主総会を運営しているんだ」「やめなさい。やめなさい。もうわかったから」と呼ぶ者あり)お静かにお願いします。(「もうちょっと聞いてやんなよ。もうちょっと静かに聞いてやんなよ」「五ページぐらいあるんだよな。おい。おい。よし。よし。はい。はい。もう一枚。もう一枚。」と呼ぶ者あり)質問事項をどうぞ。(「何を言わんとしているか要点だけをはっきり言いなさい」「もう一回だけ、もう一回だけ」と呼ぶ者あり)

○株主(松下保久君)

今、あのいうたことですね。(「何を言いたいんだ」何を言っとるんだ」と呼ぶ者あり)

○議長(三田勝茂君)

沖田常務。

○常務取締役(沖田正君)

沖田でございますが、何をお答えすればよいのでございますか。(笑い……「そのとおり」「何をいいたいんだ」と呼ぶ者あり)会社といたしましては、皆様からご質問があれば、誠実にお答えしたいと思っておる次第でございますが、ご意見だと思いますので、今後ご参考にさせていただきたいということでよろしゅうございますか。(「はい、そうです」「そのとおり」「はい」「はい、そう、そう」「いきましょう。はい。いきましょう」と呼ぶ者あり。拍手)

○株主(松下保久君)

株主から提案があった場合について、沖田取締役にお尋ねします。(「提案権もたにゃだめだよ」と呼ぶ者あり)株主から、何も株主に限ったことではないが、好ましい提案があった場合、(「提案権持ってんの」「わかっとるんやがね」と呼ぶ者あり)例えば家電ではすぐに採用して改善するなど、これを生かしている。また、商品事業部でもこれを生かして早速改良している。このようなことは何も家電、商品事業部に限ったものではなく、冷熱、エレベーターサービスなどでも同じである。これらのところは、よりよくしようと努力している。

それに引きかえてあなたはどうか。去年の総会を思い出してもらいたい。提案に対して耳を傾けようとしないばかりか、現状さえ把握できず、その場逃れの説明をする始末であった。(「相手にしないんでいいよ。これはもう、病気よ、病気」「要点を得てないんだよ。この人の発言は」と呼ぶ者あり)

○議長(三田勝茂君)

ちょっと、お待ち下さい。(「議長、時間の無駄だから」と呼ぶ者あり)

○株主(松下保久君)

こんなことではよくなるものもよくならない。取締役と……(「議事進行」「議事進行」「議事進行」と呼ぶ者あり)

○議長(三田勝茂君)

沖田常努。

○株主(松下保久君)

取締役としての責任問題と無関係ではありえないが、改めるつもりはないか。(「いいこと言うた」「よし、よし、はい、はい」と呼ぶ者あり)

○議長(三田勝茂君)

沖田常務。(「提案権はあしたNECに行ってやりゃあいいじゃないか。日本電気であんた提案権つけてんだから、あした行けよ」「大体、聞いてるけど要点はあんまり……とは言えんなあ。議事進行した方がいいよ」「議長」「議長」と呼ぶ者あり)

○常務取締役(沖田正君)

具体的な内容がよくわかりませんが、株主様からの会社の運営その他について、よくしようというご意見だというふうにお伺いしましたので、そのようにしたしたいと存じ……(拍手)

○議長(三田勝茂君)

はい、どうぞ。何番ですか。

○株主(森本)

二二一番、森本の田中です。

○議長(三田勝茂君)

はい。

○株主(森本)

先ほどのね。

○議長(三田勝茂君)

はい。

○株主(森本)

株主さん質問につきましてはですね。どうか……総会が終わった後にですね、ゆっくり懇切丁寧にですね……(「了解」「了解」と呼ぶ者あり 拍手)

○議長(三田勝茂君)

ありがとうございました。ほかにご質問。よろしいでしょうか。(「議事進行」「議事進行」と呼ぶ者あり 拍手)

○議長(三田勝茂君)

それでは引続きまして、(以下省略)

3  (本件決議に関する瑕疵の存在)

しかし、本件総会の決議の方法には、次のような瑕疵があった。

(一) 商法二三七条ノ三違反

(1) 商法二三七条ノ三は、「取締役及監査役ハ総会ニ於テ株主ノ求メタル事項ニ付説明ヲ為スコトヲ要ス(以下省略)」と規定する。質問できなければ説明は存在しないのであるから、先ず質問できることが右規定の前提となる。したがって、取締役は、株主が質問できるようにする義務がある。しかるに、取締役は、特別株主を活用して、一般株主が質問できないようにした。

(2) 本件総会において、原告がただ一人の質問者であったが、原告以外の一般株主は、質問をしなかったのではなく、できなかったのである。大勢の特別株主が議事進行役を務める中では、質問しようと思ってもとてもできるものではない。

(3) 原告は、本件総会の異様な雰囲気をみて、これではとても質問をする者はいないであろうと思い、そうであるならば、せめて原告だけでもと、怖じ気づく気持ちに鞭打ち質問したのである。さて、質問してみると案の定特別株主によるヤジ・怒号等の集中攻撃を受け、ろくろく質問することもできなかった。もちろん、補充質問ができなかったことはいうまでもない。

(4) 取締役は、原告の「総会のあり方について」の質問に説明をしなかった。また、「取締役の責任問題について」の質問にも説明をしなかった。

(二) 商法二三七条ノ四違反

(1) 議長は、総会の秩序を維持し、議事を整理しなければならないのにこれを怠った。

(2) 議長は、特別株主による質問妨害を放置した。

(3) 議長は、特別株主の「ヤジ」「怒号」等による議場の混乱を収拾しようとしなかったばかりか、むしろこれに便乗して議事の運営をした。

よって、原告は、株主たる地位に基づき、本件決議の取消を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  第1及び第2項の各事実は認める。

2  第3項は争う。

(一) 同項(一)(1)及び(2)の事実中、本件総会において、議長が、なにか特別な立場の株主を利用して、株主の質問が出来ないようにしたとの主張事実を否認する。

同項(一)(3)及び(4)の事実中、原告が、本件総会の雰囲気から充分に質問ができなかった、また、「総会のあり方について」と「取締役の責任問題について」質問をしたが、取締役が説明をしなかった、との主張事実をいずれも否認する。

原告の発言は、いずれも会議の目的事項に直接関しない抽象的、一般的ないし仮定的意見の表明と見られ、本来説明義務の対象とはならないものと考えられるのみならず、被告取締役から、会社として原告の意向を尊重して、行為したい旨丁寧に回答がおこなわれ、更にそれが終わったあと、議長から、「ほかにご質問はよろしいでしょうか」との確認も行われたが、原告からそれ以上の発言もなく終り、取締役として原告の発言に対し回答を拒んだりしたような事実はなかったことが明らかである。

(二) 同項(二)(1)ないし(3)の各事実を全て否認する。

本件総会は、経団連会館の経団連ホールを用いて行われ、出席した本人と代理人の数は開会時七〇五名、閉会時七五九名であったが、大多数の株主は静粛に傍聴しており、原告発言の折若干の株主から、野次等の不規則発言が見られたが(これらの不規則発言者は、原告の質問を妨害するというより、原告の発言が質問の要領をなさないことから生じたものが多かったと考えられる。)、それが議場を混乱させるようなものでは全くなかったし、議長はこれら不規則発言につき「お静かにお願いします」と述べて制止するなど、当日の株主総会の秩序維持の整理は滞りなく行われていた。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因第1項(原告適格)の事実は当事者間に争いがない。

二  同第2項(本件決議の存在)の事実についても当事者間に争いがない。

三  そこで、以下、本件総会の決議方法に原告主張のような瑕疵を認めるか否かについて判断する。

1  商法二三七条ノ三違反の主張について

原告の主張は、必ずしも明らかではないが、その要旨は、①被告取締役がいわゆる特殊株主をして原告の質問をできないようにした。②被告取締役が原告の「総会のあり方」及び「取締役の責任問題について」の各質問に対し説明を行わなかった。というにあると善解される。

まず①の点であるが、本件全証拠によるも、被告取締役がいわゆる特殊株主を使嗾して原告の質問を妨害し、あるいはこれを阻止したことを認めるに足りる証拠はなく、この点に関する原告の主張は、その理由がない。

また②の点についてであるが、取締役の株主総会における説明義務は、質問者である株主の質問が質問者の意見表明ではなく、真に「質問」といえるものであり、しかも右「質問」が明瞭である場合にのみ生じるものと解すべきところ、原告のいわゆる「総会のあり方」及び「取締役の責任問題について」の点に関する発言は、原告自らの意見表明に過ぎないものと認められるうえ、その発言の内容も抽象的であって明瞭性を欠くものであり、取締役がその説明義務を負うべき「質問」とは到底認められず、したがって、被告取締役には、原告の発言に対する説明義務は発生せず、右義務の発生を前提とする原告のこの点に関する主張は、その理由がない。

また仮に、原告主張の「総会のあり方」及び「取締役の責任問題について」の点に関する発言が、真に質問といえるものであり、かつ、明瞭性のあるものであるとしても、《証拠省略》によれば、本件総会の会議の目的事項は、第1号議題が第一一七回営業年度に関する営業報告書、貸借対照表及び損益計算書報告の件、第2号議題が第一一七回営業年度に関する利益処分の件、第3号議題が故熊谷善二氏に慰労金及び弔意金贈呈の件であり、それらが当日の全議題であったことが認められ(右認定を妨げるに足りる証拠はない。)、右議題に照らせば、原告の前記発言は、いずれも会議の目的事項に関しないものと認められ(たとえ、株主総会が株式会社の最高議決機関であり、株主総会のあり方が株式会社の最も基本となるべきものであっても、「総会のあり方」に関する質問が、会議の目的事項に関しないものであることには変わりはない。)、したがって、商法二三七条ノ三第一項但書により、取締役はその説明を拒むことができた場合であり、被告取締役には、原告の発言に対する説明義務は発生せず、右義務の発生を前提とする原告のこの点に関する主張も、その理由がない。

2  商法二三七条ノ四違反の主張について

確かに、本件総会当日の議事を録音したものと認められる録音テープの検証結果によれば、原告の発言中に、いわゆる多くの不規則発言がなされたことが認められるが、右検証結果及び本件総会における原告の発言内容とこれに対する被告取締役の応答内容に関する前記当事者間に争いがない事実によれば、議長は、会場内からの不規則発言に対し、「お静かにお願いします」と発言してこれを制止するなど、総会の秩序を維持し、議事を整理しようとしていたこと、これにより不規則発言がなされるなか、議事が進行していること(右不規則発言が、被告取締役の使嗾によるものであることを認めるに足りる証拠がないことは、前記のとおりである。)が認められ、したがって、議長が総会の秩序維持及び議事の整理を怠ったとか、議長が特別株主による質問妨害を放置したとか、議長が議場の混乱を収拾せずむしろこれに便乗して議事の運営をしたとの事実は認められず、原告のこの点に関する主張もその理由がない。

3  以上のとおりであって、本件総会の決議方法には、原告主張のような瑕疵は認められない。

四  よって、原告の本訴請求は、その理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 末永進)

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